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2010年11月18日

日本語の世界的普及について

 日本語は母国語話者が1億人以上もいながら、その言語が国際化していない数少ない言語の一つである。
 日本には公用語という概念がほとんどないが、例えば、英語が世界で通じるというのは、英語を公用語としている国が多いからに過ぎず、英語が母国語の人が多いからではない。
 (母国語話者が1億人以上いる言語は世界に11言語。日本語話者の数は10位で、フランス語よりも多い)

 よく思うのは、過去100年間において、超先進国はほとんどメンバーが変わっていないと言うことである。
 1910年の時点で、日本は超大国であった。
 既に日清戦争に勝ったあとだし、1904年から始まった日露戦争にも勝ったあとである。
 ドイツは直後の第一次世界大戦で大敗をするので、欧米列強に追い付けと国威を高めてきた日本にとって、結果的に、英国、米国(まだ世界一になっていない)、フランス、イタリアくらいしか追い付く国はなくなってしまった。
 1920年に発足する国際連盟では、なんと日本(大日本帝国)は、フランス、イギリス、イタリアとともに常任理事国に選ばれている。(アメリカはドタキャン)

 結局、ここに並べた国々で現在の先進国首脳会議は行われている。
 途中で第二次世界大戦があったものの、とどのつまりは、大国は同じメンバーになってしまった。
 中国なんてのは、世界の各地域が相互に接触を始めるようになってからは、いつの時代も眠れる獅子でしかない。(ちょっと今回の台頭は不気味だが)

 
 さらに、幕末の時点での日本の人口や経済力は、その時点での西洋の超大国に匹敵していたと思われるが、いかんせん文明という点では遅れを取っていたのは否めない。
 そこで、帝国政府が、外国語ができる人材を育てるために優秀な人を西洋に送り込み、言葉と技術を持ち帰らせるということを行ったのは当然の行為である。
 
 しかし、ある時点で、日本はそれらの国に追い付いてしまった。
 それは、第二次世界大戦前だったかもしれないし、第二次世界大戦後かもしれない。
 いつ日本が西欧列強に追い付いたかは別としても、既に経済力では上に一カ国を残すだけとなったことは歴史上の事実である。
 
 その時点で、日本は追い付く側から追い付かれる側になったのである。
 要するに、その時点で日本が西欧列強から学ぶ事の量は、それ以前より遥かに少なくなったはずである。
 学ぶ事がなければ、それらの国の言葉を覚える必要性は相対的に下がるのは自明の理である。

 そして、外国語ができないからといって生活が困窮することもないし、外国語ができるからといって金持ちになれるわけでもない。
 外国語ができたら金持ちになれるのであれば、このワタクシなんて日本有数の金持ちになっているだろう。
 ところが、開発途上国においては、外国語ができるかできないかで、人生が180度以上変わることは少なくない。

 つまり、今の日本において、外国語は必要な人や興味のある人だけが勉強すればよいのである。
 誰もできないくせに、外国語ができれば就職に有利だとか、国際化社会においては英語くらいは必要だという都市伝説がまことしやかに囁かれているが、外国語なんていう特殊技能ができる程度で就職が有利になるとは考えにくいし、国際社会で通用するとも思えない。
 日本の社会ですら、日本語が話せるだけで能力の低い外国人を採用するような会社はないだろう。

 巷では、日本のTOEICの平均得点が世界で最下位争いをしているとか、アメリカへの留学生の数が減ったとか言われている。
 そもそも必要のない言語の平均得点が高いはずはないし、学ぶ事の少ない国に留学生が行く方がおかしい。
 フランスに行けば、「フランス人は英語も話せない」と言う日本人が多いが(っていうか、自分も話せないくせに)、フランスも日本と同じで必要がないだけの話である。

 
 超大国になった日本の最大のミスは、日本語を世界に普及してこなかったことである。
 そういう話をすると、たいていの人の頭には劣等感がよぎり、「日本語なんて、、、」という話になるのだが、大国がその国の母国語を普及させるのは「義務」である。
 大国が、先に得た技術を世界に伝達するのは人類としての義務であるし、大国の技術を得るために開発途上国は大国の言語を利用せざるを得ない。それは我々がまさにやってきたことである。

 アメリカもイギリスもフランスも彼らの母国語の普及を世界で行っている。
 最近では中国(ですら)も中国語の世界的普及を行っている。

 面白いことに、カナダですら公用語の英語とフランス語の世界的普及を行っている。
 英語とフランス語なら「カナダがやらなくても、、、」と思うところだが、もしカナダ人がカナダ人として英語やフランス語の普及を行えば、それは言語だけではなくカナダという国家そのものに興味を持つ人を増やすことになる。


 日本は、先進国の義務である母国語の世界的普及を怠ったばかりに、「日本の先進的技術の伝達」と「日本へ興味を持つ人の育成」を怠ってしまった。
 結果的に、日本が落ち目になったとき、日本に味方をしてくれる人を作り損ねてしまった。

 
 「ガラパゴス化」という言葉がよく使われるが、最もガラパゴス化してしまったのは、我々の言語そのものである。


(関連エントリー)
 「我々の母国語
 「小学校からの英語教育なんて
 「日本語の柔軟性万歳!


ラベル:言語
posted by ぱんちょ at 00:00| Comment(6) | ぱんちょな言語エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

おもしろい!!
こういうお話を金沢でもなさったのでしょうか?
Posted by miha at 2010年12月07日 11:16
mihaさま

 そんなことより、この文章を書いたことが記憶から消えている。。。
Posted by ぱんちょ at 2010年12月08日 22:27

脳の萎縮??
Posted by miha at 2010年12月10日 11:03
mihaさま

 病院に行ってきます。。。
Posted by ぱんちょ at 2010年12月11日 15:42
英語は必要のある言語だと思うけど??
Posted by 竹下 at 2011年10月21日 07:14
 人によるのではないでしょうか。
Posted by ぱんちょ at 2011年10月21日 13:06
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