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2010年09月13日

Elvis Costello / she

 映画「ノッティングヒルの恋人」の主題歌になったElvis Costelloの「She」という曲が結構好きでよく聞く。
 この曲、というかこの曲の歌詞だが、要するに「She」(「彼女」、、、って訳は不要か)の素晴らしさを書き連ねたものである。

 ちなみに、このエントリーは「ぱんちょな言語エッセイ」という、言語という学問にまつわるカテゴリーに入れるつもりであり、ここから先は、「Costello」も「ノッティングヒルの恋人」もまったく関係ない。

 
 先ほど、「She」(「彼女」って訳は不要か)、、、と書いたが、問題はここである。
 英語という言語と日本語という言語の特性を考えた場合、「she」の訳は、「彼女」ではなく「彼女は(が)」でないといけない。
 つまり、このワタクシの訳は間違っている。

 ここに歌詞を書くと、日本の法律上偉い人に怒られるので、一部だけ引用させていただく。
 (っていうか、歌詞を書いてその歌を宣伝することに問題があるとは思えないので、著作権法の意味するところがまったく理解できない)


(冒頭部引用)
She
May be the face I can't forget
The trace of pleasure or regret
May be my treasure or the price I have to pay
She
May be the song that summer sings
May be the chill that autumn brings
May be a hundred different things
Within the measure of a day
(引用終)

 ここでは、「She」は主語であり、すべて「彼女は」と訳して問題のない部分である。(訳すのが面倒くさいので訳さない)

 歌詞は、ずっとこのような展開で、「She〜〜〜」と続く。

 ところが、一番最後の部分だけ、、、

(引用)
The meaning of my life is
She
(引用終)

 と、「She」が「is」のあとに出てくる。

 「ボクの人生の意味は彼女である」
 くさ〜、、、としか言いようのない台詞であるが、
 文法的には、この「She」は「Her」でないとおかしいはずである。

 例えば、
 「My girlfriend is she.」ではなく、「My girlfriend is her.」としないと、中学校の英語のテストでは「0点」である。
 要するに、「動詞のあとにくる代名詞は目的格でないとダメ」という文の法律に引っかかるためだ。

 しかし、どう考えたって、イギリス人のCostelloが間違えるわけはない。
 1999年に映画を見てから丸10年間、このワタクシは、この点を悩み続けていた。
 なぜ、「She」という主格なのか。


 先日、歯を磨いていてふと気付いた。
 というか、極めて単純な話である。
 「The meaning of my life is she.」は単に「She is the meaning of my life.」の倒置でしかないのでは。。。

 倒置自体は強調するときなどに使われる技法だが、この曲のタイトルが「She」であり、最も強調したいのは「She」であることと、「The meaning of my life is she.」に続く曲のエンディングの部分で「oh, She...」と歌っていることから、「she」を続けたかったのではないかとも推測される。

 なまじ英語学科なんかに行ってしまったために、こんなところが気になって仕方がない。

 そもそも英語ができない人がほとんどと言われている日本で、英語の歌詞が分からずに洋楽を聴いている人は、一体どういう感覚で聞いているのだろうか?


(関連エントリー)
 「言語


ラベル:言語 映画
posted by ぱんちょ at 00:00| Comment(8) | ぱんちょな言語エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
英語が分からない人はメロディが好きなんでしょう。
Posted by 私設秘書 at 2010年09月13日 01:22
私設秘書さま

 その話題は、今晩あたりアップされる。。。
Posted by ぱんちょ at 2010年09月13日 16:49
>なまじ英語学科なんかに行ってしまったために、こんなところが気になって仕方がない。

英語学科に行ってない者ですが、気になっていました。。。
Posted by miha at 2010年09月13日 17:04
mihaさま

誰でも気になっているのだろうか。
Posted by ぱんちょ at 2010年09月14日 16:34

この曲、ずいぶん聞かされたもので…そのせいかも。。。
Posted by miha at 2010年09月14日 23:40
mihaさま

 なるほど。。。
Posted by ぱんちょ at 2010年09月16日 02:44
>イギリス人のCostelloが間違えるわけはない。
この歌、どうもコステロさんの作ったものじゃないみたいですよ。
作曲はフランス人のシャルル・アズナブールという人が、
作詞は南アフリカ出身のハーバート・クレッツマーという人が作ったらしい。

この歌の「she」という言葉は、印象に残りますね。
多用されているせいかもしれないけれど、言葉の音自体、高く鋭く耳に残るように思います。
そしてそこが、作り手の意図するところかもしれません。
想像ですが、この歌は先に曲ができて、後から歌詞を作ったのではないでしょうか。
歌詞が依頼された際にイメージだけ伝えられて、そのイメージ通りに作った。
で、本来ならば最後に「her」にするところだけれど、
「her」だと、音をのばして歌い上げるには、歌いにくいなどの問題が生じた。
それに言葉の持つ音の響きや、全体のバランスにもこだわりたかった。
それで「her」ではなく、どうしても「she」にしたかったのではないでしょうか。

疑問をすっきりさせるには、このクレッツマーさんに聞くのが一番でしょうねぇ・・・
TVにも出演して有名人になったぱんちょさんには、今後そういう機会がないとも限りませんし。。。
Posted by ひまひま at 2010年09月17日 16:26
ひまひまさま

 まさにその通りで、このワタクシ、コステロが歌う前から、「シャンソンの神様」と言われているアズナブールの英語版を知っていました。
 これは、その頃からの疑問でした。

 それはそれとして、
 フランス語版のこの歌は、英語で「she」となっているところが、「toi(君)」になっています。
 そして、最後が「toi」で終らないところが、翻訳の妙を醸し出していてなかなか面白いところです。

 フランス語版:
 http://www.youtube.com/watch?v=jLLogLQBxbU

 一応英語版:
 http://www.youtube.com/watch?v=d_pXZ-hDVxw

 フランス語の方が英語よりも余裕を持って歌っている気がしないでもない。


 クレッツマーさん、85歳、急がないといけないかもしれない。
Posted by ぱんちょ at 2010年09月21日 03:14
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