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2009年06月14日

Hasta la vista (2)

Hasta la vista (1)」から続く

 数日後、同僚の女性と社内で会うと、「映画どうだった?」と聞かれた。

 「どないもこないもありまっかいな。。。映画はショボイし、門限はキツいし。。。」
 「彼女は、結構喜んでたよ」
 「。。。」
 「次回は何?」
 「もう次回はありまへん」
 「そんなこと言わずに、、、良いカップルだと思うんだけど」
 「カップル?、なんじゃそりゃ」
 「二人で食事に行って、二人で映画に行ってるんだからカップルでしょう」
 「ちゅうか、食事は、アンタが来れなかったからやろ」
 「それでも二人で映画には行かないでしょう」

 言われてみればそうだ。
 不思議なのは、ボクにはまったく彼女に対する興味がないのである。でも、考えてみれば嫌でもないのである。
 そして、この同僚のアレンジで、また例の彼女と二人で甲子園で野球を見ることになった。
 なんとそれが彼女にとって初めての野球観戦であった。
 阪神が、パチョレックのサヨナラヒットで勝った。
 延長戦になっていたら、門限を破るところだった。

 不思議なことに、彼女とボクの奇妙な関係は続いた。
 彼女は友人にボクを「彼氏」と紹介していたし、ボクも「カノジョ」と呼んでいたのかもしれない。
 門限は相変わらず9時だったが、ボクたちは、普通のカップルが普通に持つような関係になっていた。
 毎回別れ際には「Hasta la vista, baby」と言って、ウインクしていたものである。

 そして、その後二人の関係を書いたのが、このブログにも出てくる「モンゴルの思い出」である。

(引用)
 今から干支が一回りするくらい昔、日本政府開発援助(いわゆるODA)の仕事でモンゴルに半年近く張り付いていました。羊の毛皮の質を良くするために、遊牧民のところに行って、ノミ取り用の薬剤を配っていたのです。

 当時(ひょっとすると今も同じかもしれません)のモンゴルには、携帯電話など当然なく、固定電話すらありません。もっとも遊牧民に固定電話が要るのかと聞かれると、なんとも答えようがありませんが。
 とにかく、首都のウランバートルに何回線かの電話があるだけで、ホテルに泊まっても部屋には電話はなく電話局の交換手に繋ぐための電話がホテルのロビーにあるだけでした。そして、その電話にはダイヤルがなく、ノッペラボウの機械に受話器がついているだけです。
 なお、当時のモンゴルではホテルに泊まるなんてことはほとんど期待できず、基本的にはゲル(パオ)に泊まっていました。

 当時、ボクには彼女がいました。二人とも24歳でした。こちらの誕生日が1月、彼女は4月です。ボクの24歳の誕生日に、彼女は「絶対に25歳になるまでに結婚したい」と言いました。ボクはそんなことを考えていませんでした。その証拠に、干支が一周回っても、いまだに独身です。その時点で彼女の25歳まであと15ヶ月です。
 三ヵ月後、彼女の誕生日がやってきました。また同じことを言います、「絶対に25歳になるまでに結婚したい」と。ボクがモンゴルに半年張り付いたのは、その直後のゴールデンウィークからです。

 上記のとおり、モンゴルには電話がありません。つまり、彼女とのタイムリーな通信手段がまったくないのです。もっとも会社とのタイムリーな通信手段もないのですが、これはこれでありがたいことでした。
 さすがに彼女も怒っているかもしれないと思って、ウランバートルに出た際に、一度オペレーター経由日本に電話しようとしたのですが、オペレーターがモンゴル語しか話せずあえなく沈没。。。
 ボクは、さまざまな遊牧の民のところに行くたびに、彼女に書いた手紙を渡して、ポストを見たら投函してくれ、とお願いしていました。毎週のように手紙を書いていたので、20通くらいは書いたと思います。

 そして、遂に、もう冬になるという頃に帰国することになりました。
 彼女のもとに行くと、「どうして連絡しなかったの??」と激しく怒られました。「電話がなくて、、、でも、手紙は送った。。。」などとシドロモドロになりながら答えると、彼女は、「私の25歳が迫っているので、見合いして結婚することにした」と言い出したのです。「それなら仕方ない」と言うと、泣きながら去っていきました。
 年が明けて、バレンタインデーに彼女は結婚しました。24歳と10ヶ月目です。その頃、ボクは孤独な25歳を迎えていました。
 しばらくして、彼女(もう、誰かの奥さんです)から連絡がありました。「手紙が毎週届くんだけど。。。消印は1年近く前だけど。。。本当に送ってくれていたのね。。。」
 彼女は約1年後に離婚しました。
 そして、ボクはいまだに独身です。

 後に判ったことは、彼女が見合いを真剣に考え始めたのは、ボクの「それなら仕方ない」のあとだったということでした。
(引用終)

 Hasta la vista, baby ...


 続く。。。
 (「Hasta la vista (3)」)


posted by ぱんちょ at 00:00| Comment(2) | ぱんちょな恋の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まさかここで「モンゴルの思い出」が出てくるとは思いませんでした。

パチョレック、懐かしいです。
Posted by 83 at 2009年06月16日 02:30
83さま

>パチョレック、懐かしいです。

 良い選手でした!
Posted by ぱんちょ at 2009年06月16日 05:45
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